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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和50年(ワ)119号 判決

原告 松尾政則

被告 株式会社九州相互銀行

右訴訟代理人弁護士 三原道也

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告の請求の趣旨

主位的請求として

1.被告が昭和五〇年四月二八日開催した第六八期定時株主総会において、退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈の件に関する議案についてなした取締役会に一任する旨の決議は無効であることを確認する。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

予備的請求として

1.被告は、昭和五〇年四月二八日開催の第六八期定時株主総会において、承認決議された第五号議案の退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈の件につき、一任された右慰労金支給の受任事務に関し、株主総会に対し、支給金額、時期、方法を明らかにした完了報告を行え。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の答弁

1.主文同旨

第二当事者の主張

一、原告の主位的請求の原因

1.原告は被告銀行の株主である。

2.被告銀行は、昭和五〇年四月二八日佐世保市島瀬町四番二四号の本店において、第六八期定時株主総会を開催し、第一号乃至第四号議案の承認議決を得た後、第五号議案の退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈の件を上程した。

右退職慰労金贈呈の議案については、被告銀行から指定されていた一株主が、「従来の慣行にしたがい当行所定の支給基準により算定された妥当な金額を贈呈することとし、その具体的金額及び支給の時期、方法等は取締役に一任したい」旨の動議を提出し、この動議は賛成多数で承認可決された。

3.しかしながら、退任監査役に対する退職慰労金贈呈の金額、支給時期、方法を取締役に一任する旨の株主総会の決議は、その内容が法令に違反し、決議の手続に重大な瑕疵があるので、無効のものである。すなわち、

(一)監査役の退職慰労金は役員報酬の一種であるから、定款にその定めがないときは、商法第二八〇条第二六九条の定めるところに従い、株主総会の決議を以て定めなければならない。しかるに、被告銀行の定款には、取締役会が役員退職慰労金の支給内規を制定することを定めた規定が存しないことは勿論、株式総会から右支給内規を制定する授権の決議を受けた事実は全くないから、被告銀行の取締役において定めた役員退職慰労金内規は全く権限のないものが恣意的に定めた無効のものといわねばならない。

そうだとすると、権限のない取締役会の定めた、無効な役員退職慰労金内規を基準にして具体的な金額、支給の時期、方法を取締役会に一任する旨の前記株主総会の決議は前記商法の規定に違反する無効のものである。

(二)かりに取締役会の定めた役員退職慰労金内規に従って、具体的な退職慰労金の算定及びその支給時期、方法を取締役会に一任する旨の株主総会の決議が、前記商法の規定の趣旨に反するものではないとしても、被告銀行の前記内規は慰労金のほかに別途功労加算金を支給する旨定めているが、功労の軽量による加算金算定基準、支給率、最高限度額等の一定の枠の存在について何らの規定もしておらず、役員が自らの報酬を自ら定めるについてのお手盛防止の基準に合致しない点においても、また、右内規の存在と内容とが一般株主に秘匿され、株主が容易にこれを認識し得ない状態におかれ、支給基準の明確性周知性に欠けた点においても、かかる役員退職慰労金内規を基準として具体的な金額を取締役会に一任する旨の前記株主総会の決議は無効である。

4.よって、被告が昭和五〇年四月二八日の第六八期定時株主総会において、退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈に関する取締役会一任の決議が無効であることの確認を求める。

二、原告の予備的請求の原因

1.原告が無効確認を求める右株主総会の決議が、無効と認められないとすれば、被告銀行の取締役会は株主総会の決議により退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金の支給について委任事務を受けたことになるから、民法六四五条の規定の趣旨により、退任監査役牟田正幸に対して退職慰労金を支給し受任事務を終了した場合、委任者たる株主総会に対し委任事務終了の完了報告をなす義務がある。

2.しかるに、前記株主総会終了後すでに二ヶ月有余を経過するも、被告銀行は株主総会に対し何らの報告をもなさないでいるのは、履行遅滞である。

3.よって原告は被告銀行に対し支給した退職慰労金の具体的金額とその時期方法等を株主総会に報告し、もって株主総会の決議を忠実に履行するよう予備的請求に及ぶ。

三、被告の答弁及び主張

1.主位的請求原因1の事実は認める。

2.同2の事実は、原告主張の動議が被告銀行から指定された一株主からなされたという点を除き、その余の事実は認める。右動議は一人の株主が任意に発言したものである。

3.同3の原告らの主張は争う。

取締役又は監査役の報酬につき、株主総会が無条件で取締役会に一任することは商法第二六九条、第二八〇条に照らして無効であるとされ、退職慰労金にも右規定は準用されるとされている。

しかしながら、退職慰労金の金額等の基準が慣行や内規で予め定められているときは、株主総会がその基準に従って支給することを取締役会に任せる旨決議すること、又は株主総会が明示的又は黙示的にその支給に関する基準を示して具体的な金額等を右基準によって定めることを取締役会に任せる旨決議することは、何れも許されるとするのが最高裁判所の判例の趣旨である。

退職慰労金支給の基準を株主総会で決議することを必ず必要とするものではなく、右基準が予め取締役会で定められているときは、これによることを株主総会が決議することで足るものである。

本件の牟田監査役に対する退職慰労金が昭和五〇年四月二八日の定時株主総会の決議の趣旨に従って取締役会が之を支給したとき、その基準とした「役員退職慰労金内規」は、昭和三三年一月一一日の定例取締役会に於て議決されたものである。そして、その取締役会議事録は商法の規定に則り被告銀行の本店及び支店に備え置き、営業時間内は何時でも株主及び債権者は之を閲覧することができるのであるので、退職金支給の基準は株主が何時にても之を知り得たものである。株主総会がその基準に基いて本件の退任監査役に退職慰労金を贈呈することを決議しても毫も不法ではない。

なお、前記内規が取締役会で議決された後に退職した幾多の取締役監査役にも、その時々の株主総会の決議により、右内規の基準に従って、その都度取締役会で退職慰労金額等を決定して贈呈したが、これまで一度も株主から異議を主張する訴が為されたことはなかった。

4.以上のとおり、原告の株主総会決議無効確認を求める主位的請求は理由がないものである。

5.原告主張の予備的請求原因事実も争う。

かりに、被告銀行が株主総会に報告の義務があるとしても、本件退職慰労金が支出された期、即ち第六九期の決算の承認を求める株主総会にその支出に関する承認決議を求むれば足るものであるので、未だ右決算期が到来していない本訴提起時において、報告がなされていないことを以て、報告義務の履行遅滞であるとは言えない。

しかも、被告銀行の取締役会は、株主総会から一任された趣旨に従い昭和五〇年五月一二日被告銀行本店において開催され、従来の慣例により役員退職慰労金内規に基いて退任監査役牟田正幸に対する適正妥当な退職慰労金を決定し、その取締役会議事録は商法の規定に基き遅滞なく被告銀行の本店及び支店に備え置き、株主は営業時間内何時にてもこれを閲覧し又は謄写を為すことを得るようにした。原告松尾政則も既に右議事録を閲覧している。

四、原告の被告主張に対する答弁

被告銀行は、原告の予備的請求である役員退職慰労金支給後の完了報告義務履行について、原告の主張を認め、昭和五〇年一二月二二日第六九期定時株主総会の席上、被告銀行代表取締役社長が出席株主に対し、退任監査役牟田正幸に対し退職慰労金を支給した旨の完了報告義務を履行した。これは原告の主張につき裁判外の自白をしたものである。

第三証拠〈省略〉。

理由

一、主位的請求について

1.原告が被告銀行の株主であること、及び被告銀行が昭和五〇年四月二八日開催した第六八期定時株主総会において、第一号乃至第四号議案の承認可決を得た後、第五号議案として、「退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈の件」を上程したについて、株主の一人から「従来の慣行に従い当行所定の支給基準により算定された妥当な金額を贈呈することとし、その具体的金額及び支給の時期、方法等は取締役会に一任したい」旨の動議が提出され、これが賛成多数で承認可決されたことは当事者間に争いがない。

2.商法二六九条は、取締役が受くべき報酬は定款に其の額を定めざりしときは、株主総会の決議を以て之を定むる旨規定し、同法二八〇条は監査役につきこれを準用する。

ところで、株式会社役員に対する退職慰労金も右法条にいう報酬に当ると解すべきであるところ、株主総会が株式会社役員に対する退職慰労金の支給に関し、その金額、時期、方法を取締役会に一任する旨の決議をした場合でも、その趣旨が無条件一任でなく、明示的もしくは黙示的に、その支給に関する基準を示し、具体的な金額、支払期日、支払方法などは右基準によって定めるべきものとして、その決定を取締役会に任せることは許されるものであり、このような決議を無効と解すべきではない。(最高裁昭和四八年一一月二六日第二小法廷判決商事法務六五一号二二頁参照)

本件についてこれをみるに、〈証拠〉によると、被告銀行には役員の退職慰労金の支給に関し、定款にその定めはないが、昭和三三年一月一一日に開催された定例取締役会において、可決承認された役員退職慰労金内規(乙五号証の二)があり、その内規の第二条に「退職慰労金の算出額は在職一年につき、退職当時の報酬月額に五を乗じたる額とする。」旨、その第三条本文に「退職慰労金の最高額は退職当時の報酬月額の五〇倍を超えないものとする。」旨、第五条に「在職永年に亘り、功労ありと認めたものに対しては別に功労金を贈ることができる。」旨、それぞれ規定していること。そして右内規が定められた後においては、株主総会において、退職した役員に対し退職慰労金を贈呈することとしてその具体的金額及び支給の時期、方法等を取締役会に一任する決議がなされた場合には、取締役会は、右株主総会の決議を受けて右内規に基づき従来の慣行を配慮し、具体的な金額、支給の時期、方法を定めてこれを支給し、次期の株主総会にこれを報告していたこと、また右役員退職慰労金内規は、被告銀行の本店及び支店において取締役会議事録とともに備え置かれ、株主がその閲覧を要求した場合、閲覧の意図などに不審の点がない限りこれを閲覧させ、内規の存在内容を知りうる状況においていたものであり、ことに株主総会に常時出席する株主は右内規を充分知っていたこと、第六八期定時株主総会で退職慰労金贈呈の決議を受けた退任監査役牟田正幸についても、右決議に従い、昭和五〇年五月一二日に開催された定例取締役会において、右内規に基づき一五五万円を速かに支給したき旨提案され、異議なく承認されたものであることが認められる。証人安楽陽子の証言及び原告松尾政則尋問の結果中役員退職慰労金内規は、一般株主に全く秘匿されたかの如く述べる部分は措信できない。

右に認定したところによれば、被告銀行には株主の了知しうる取締役会の定めた役員退職慰労金内規かあり、従来から右内規に基づいて退職役員に対する慰労金の具体的金額、支給時期、方法などがきめられていたのであって、第六八期定時株主総会において、退任監査役牟田正幸に対する退職慰労金贈呈の件なる議案につきなされた取締役会一任の決議も、従来の慣例にならい、退職慰労金の支給基準として右内規を示し、具体的な金額、支払期日、支払方法などは右支給基準たる役員退職慰労金内規及び慣行によるべきものとしてなしたものというべきである。

3.原告は右役員退職慰労金内規自体が株主総会の授権に基づかず、取締役会が勝手に定めたものであるから、右内規は無効のものであり、かかる無効な内規を支給基準とした株主総会の決議も亦無効のものであると主張する。被告銀行の右内規は株主総会の授権により取締役会で定められたことの証拠資料はない。それ故、取締役会が株主総会において何等退職役員に対する退職慰労金支給の決議をしていないのに、右内規が存在することだけをよりどころにして、退職役員に対し退職慰労金を支給することはいうまでもなく違法無効のものというべきである。しかし、株主総会において、退職慰労金の具体的金額、時期、方法などを右内規によるべく取締役会に一任した場合においては、株主総会の決議そのものが右内規を退職慰労金支給の基準として決定しその支給基準の枠内において妥当な具体的金額の算定と支払時期、方法を取締役会に一任したものであり、右内規自体が株主総会の授権により定められたものであるか否かとはかかわりがないのであって、右内規が株主総会の授権に基づかず、取締役会の定めたものであったというだけで、右内規を支給基準とした退職慰労金の支給に関する株主総会の取締役会一任の決議が無効となるものではない。

4.原告はまた、要するに、被告銀行の右内規は、明確性、周知性に欠けていたから、かかる内規を支給基準として取締役会に一任した株主総会の決議は無効のものであるともいう。

前掲乙五号証の二(役員退職慰労金内規)によれば、右内規には前叙の如く退職慰労金については最高限度額の枠が明記されているが、功労金を支給する場合の額については、その支給基準、最高限度額など何等の定めがなされていないし、その支給の慣行も証拠上つまびらかではない。

しかしながら、本件の場合においては牟田監査役に功労金が併せ支給されたことの証拠はないから、右内規において功労金の支給基準、最高限度額が明確でないことから、本件株主総会の決議が無効となるものではない。

また、〈証拠〉によれば、被告銀行のいくつかの支店では、株主から、右内規の閲覧を求められた際、直ちにその要求に答えず、上司から指示を受けるのに手間どったか、取締役会議事録中にその内規を捜し当て得なかったかして、株主安楽陽子に一旦帰って貰うという事もあり、被告銀行としては、右内規を新規の株主である安楽陽子や企業からの蒐集資料の出版を業とする新規の株主である原告に対し、すなおに閲覧させたがらなかった節が窺えなくはない。しかし、右事実を以て、被告銀行が右内規の存在を全く一般株主に秘匿し一般株主が容易に知り得ない状態にしていたと断ずるを得ないし、殊に、本件株主総会に出席していた常連の主だった株主は、右内規の存在とその内容及び従来からの被告銀行における退職慰労金支給の慣行を知って、牟田監査役に対する前叙の決議をしたものと推認できるから、前叙認定の如き事実があったことの故を以て、本件株主総会の決議を無効とすべき理由とならないことは明らかである。

以上のとおり原告の右主張は採用の限りではない。

二、予備的請求について

本訴提起後の昭和五〇年一二月二二日開催の被告銀行第六九期定時株主総会の席上、被告銀行の代表取締役社長が、退任監査役牟田正幸に対し退職慰労金を支給した旨の完了報告をなしたことは当事者間に争いがなく、被告銀行が右退職慰労金支給に関する取締役会議事録を被告銀行の本店及び支店に備え置き、営業時間中、株主の閲覧に供していることは原告の明らかに争わないところである。

してみれば、右退職慰労金支給に関する完了報告の履行を求める原告の予備的請求も亦理由がないこと明らかである。

三、以上のとおり原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松島茂敏)

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